「教えて!教養の入り口」実行委員会

あのセンパイはどんな本を読んできたのか?

「人より不幸」すら特権の時代に、幸せに生きるための教養

 

「今の時代はね、人より不幸な境遇でさえ“特権”なんですよ。なんたってドラマがあるからね。特別に不幸なわけでもなく、特別に幸福でもない人は、ドラマを持ってる人が羨ましい。多くの人が、自分に何のドラマもないことに、自覚なくフラストレーションを抱えながら生きてるんですよ」

 

少し前に、友人の新聞記者さんがこんなことを言っていました。

なんでも、誰かが不幸な境遇を勇敢に乗り越えた話も、誰かが誰かを救った感動の物語も。瞬間的に読者の心を動かすことはあったとしても、その後に続く大きな波の最初の一石になったりするようなことは、以前に比べて圧倒的に減っていると感じるそう。そしてその原因として考えられるのが、読み手自身も無自覚な「妬み」の感情にあるのではないか、というのです。

 

インターネットとSNSによって、決して手が届かないところにいるわけでもない、ごく身近な人達のドラマティックな日常を、私たちは、いともたやすく覗き見できるようになりました。幸福であれ、不幸であれ、魅力的にパッケージされたドラマには「いいね!」がたくさん寄せられます。大人になった私たちは、日常生活の中でそう簡単に誰かから褒められたり、励まされたり、生きてるだけで無条件に喜ばれたりしないけど、SNSで見かける他人は、それらを容易に手に入れている。可視化され、数値化された承認が、ドラマを持って生きる人の存在を、より一層眩しく輝かせます。

 

最早中年以上しか覚えていないと想いますが、かつて流行語ともなった長嶋茂雄監督の造語に「メイクドラマ」なるものがありました。私たち、そんなにもドラマを求めているなら積極的にメイクしにいけばいいわけですが、やっぱり生活ってものがあるし、恥はかきたくないし、波風立てるには勇気がいります。

好きな人にたった一言「好き」と言えば。

理不尽な上司にたった一言「うるさい」と言えば。

たったそれだけの行動で、明日の自分に、今日とは全く違うドラマが展開する。ドラマの入り口というのは、実は誰の日常にも無数に用意されていて、本音では今すぐにでもその向こう側を見たいと願っていても、様々な事情でその扉を開けられない。もしくは、その扉の存在にそもそも気付けない。そういう状況は、往々にしてあります。

こうしている間にも刻々と時間は流れ、私たちは死に近づいているわけで、望む、望まないに関わらず、変化は嫌が応にも生じています。そんな不可避な変化を受け入れられるように、私たちの頭はどうしたって飽きるようにできていて、飽きをこじらせると、他人を妬んでしまうようになるのかもしれません。

 

で、そういうときにこそ、教養がいい仕事をしてくれるのだろうと私は思うんです。

前回の記事で著者のチェコ好きさんが教えてくれた「環世界」という概念は、私たちが5月11日に開催したイベント「教えて!教養の入り口〜あのセンパイはどんな本を読んできたのか?〜」の中でも、各センパイから様々な切り口で提示されました。登壇者の一人、柳瀬博一さんは、“新しい「環世界」を提示してくれるひと。それが私にとっての「教養のあるひと」なのだ”とも仰っています。センパイ達の中に教養として蓄積された知識や知恵、それらを媒介した読書体験はいずれも、他者の目から見た世界、他者の頭で考えた知恵を授けてくれたといいます。

 

お年寄り向けの恋人紹介所のポスターは、電柱の下の方に貼ってある、という話を聞いたことがありますか? これは一体なぜかというと、犬の散歩中に、犬が電柱でオシッコするタイミングで、飼い主の視界に入るからだというのです。犬の視線に立つと見えるようになる出会い系のポスター。センパイには怒られるかもしれないけれども、環世界って、つまりこういうことではないかと思うんです。

 

自分の目から見た世界に、今、決して開けることのできない扉ばかり並んでいたとしても、他人の目から世界を見てみれば、それまで見えなかっただけで、実はすぐにでも開くことのできる、新しい扉が見つかるかもしれない。八方塞がりで、息苦しく、窒息死しそうだった自分の世界に、他人の目が、新しい風穴を見つけてくれるかもしれない。

 

さまざまな視線で世界を見ることができるからこそ、自分の世界に、いつもたくさんのドラマを作り続けていられる人。決して、自分の世界を限りあるものに留めておかない人。私たちは、そういった人に教養を感じるのかもしれないな、と、そんなことを考えさせられました。

 

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改めまして、5月11日のイベントにご参加くださった皆さん、ご登壇くださったセンパイ方、ありがとうございました。定員40名のところ、結果的には50名超の方にお申し込みいただきました。

イベント冒頭では、近代の日本で「教養」という言葉がどういった意味や目的で使われてきたかを、時代背景とともに振り返り、教養マッピングとしてご紹介しました。

中盤では、ご登壇くださった3名のセンパイ(日経BPプロデューサーの柳瀬博一さん、文筆家の吉川浩満さん、スマートニュース執行役員の藤村厚夫さん)に、「読書が好きになるきっかけとなった一冊」「世界を一歩広げた一冊」「今の関心を端的に表す一冊」という三つの切り口から、それぞれの読書史をご紹介いただきました。あのセンパイ方はどんな本を読んできたのか?詳しくは、当日使用した以下のスライドをご覧ください。

 

www.slideshare.net

また終盤では、ご来場くださった参加者の方にも同じ3冊を考えていただきました。ご回答いただいた内容は、「みんなの読書史」として、改めてこのブログで公表予定です。

 

ということで、不定期開催の本イベント、今後もいろいろな切り口で続けていきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!

  

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著者 

紫原 明子(しはら あきこ)

エッセイスト。著書『家族無計画』(朝日出版社http://amzn.to/2bD3t7t 『りこんのこども』(マガジンハウス)http://amzn.to/2bD42y8